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高知にて

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  • カテゴリー:御題目口唱

日曜日は高知の佛立寺で門祖会をお勤めされました。生憎の空模様でしたが、これによってこそ気づけるものがある。それが仏教であり、信仰なのだと思います。
仏教はまさに生きる人の苦悩を取り除き、幸福をもたらすために説き遺され、今日まで伝承されてきました。それは棚ぼた式ではなく、苦悩を離れ幸福を享受するための方法、あるいは感受に関するものでした。
私たちは目の前に現れた結果を見ては、受け取る自分を主体としてその善悪を判断します。そして何より自分が可愛いものですから、受け入れやすい結果には我が努力を重ねる一方、受け入れがたい場合には他に責任を求めたくなります。

しかし、辛い結果から目をそらしても、目の前にして、が現れていながら、あらゆる
しかし仏教を信仰すれば、途端にバラ色の人生がおとずれるが幸せのために信仰

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